書評『憲法九条を世界遺産に』 (太田光・中沢新一、集英社新書、2006年)

お笑いタレント「爆笑問題」の太田氏と、学者中沢氏の対談形式による憲法9条擁護論です。

私自身は改憲賛成であり本書の論旨とは異なる意見ではありますが、太田氏が以前にテレビでこの「9条世界遺産論」「9条祝日制定論」を論じているのを見た際、「非常によく勉強している」と感心し、本書も読んでみたところ、結論である「憲法9条絶対保持」は相容れないものの、その発想・着想には考えさせられるものがありました。

太田氏の考え方は、左派思想に基づく9条擁護論でもなければ、平和宗教的な擁護論でもなく、寧ろ可也ドライに現実を見据えた上での擁護論です。

人は得てして「愛こそが〇〇を救う」と安易に口にしてしまいますが、太田氏は「愛こそが危険」だと明言します。

愛があるからこそ憎しみも生まれるし、人を愛し、物を愛するからこそ、それに対する執着も生まれ、それを守ろうとするために人を殺してしまう、というよりも殆どの人殺しは、愛する何か(人に限らず、物だったり価値観だったり宗教だったり国だったり郷土だったり)を守りたいが故に行われる、ということを当然だと明確に述べてします。

そして、そうであっても人は「愛」に対する願望を捨てられない生き物であることも認めています。

また人と人、のみならず世の中のあらゆる事物同士は異なる価値観を有し、故にディスコミュニケーションで成り立っている、つまり完全には分かり合えないのだとも述べます。

然し、だからこそ世の中は面白いのだ、とも述べています。

つまり、人は、完全には相互に分かり合えないディスコミュニケーションの存在でありつつ、然し一方で愛を捨てられないが故にコミュニケーションを渇望し、それを守ろうとする存在、だというのです。

なかなか明快な論理で納得させられるものがあります。

そして太田氏はだからこそ、そもそも「憲法9条」なるものが存在していること自体が本来は有り得ない「奇跡」であり、「偶然の産物」であり、だからこそ、一度崩してしまったら最早人類として二度と取り戻せないもの、「世界遺産」の価値があるもの、という結論としています。

彼自身、憲法九条なんてものは「究極の夢」であり「超理想」であり、本来「有り得ない」ことを十分に理解したうえで、故に「残そう」と論じているのです。

私自身は改憲論を変えるつもりは全くありませんが、然し太田氏の論法による憲法9条擁護論は、左派の空疎な論法よりも圧倒的な納得感があります。

余談ですが、朝日新聞は「愛国心」を危険だとしている一方、高校野球の主催者となって「郷土愛」を煽りまくっており、何故「郷土愛」はOKで「愛国心」だはNOなのか、に答えを出していません。

左派政治家にみられる「平和憲法擁護」も、「攻撃を受けたら逃げよう、黙って降伏しよう」という意見ですが、そこには家族や友人に対する「愛」すら欠片もありません。きっとそうした人たちには「命を懸けても守りたい物」は無いのだと思います。

改憲論者、護憲論者に関わらず、ご一読されてみることをお勧めできる書です。

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