北方領土問題について考える

北方領土について日本国政府は長年「4島返還」を国民に訴えてきましたが、実はこれには大いにウソがあるという記事を読んだので、自分なりに調べて纏めてみました。

1.北方4島はソ連による終戦後の不法占拠だったのか?

日本人にとって「終戦記念日」といえば8月15日に昭和天皇が終戦の詔を発表された日です。

しかし国際法的に見れば、東京湾に停泊していたアメリカ戦艦ミズーリ号で降伏調印式が行われた1945年9月2日が終戦の日であり、多くの国はこの日を記念日としています。

日本はポツダム宣言の受諾を8月に発表していましたから、それを以って相手国も日本の降伏を認識していたとはいえ、法的には9月2日までは戦争状態にあったともいえることから、その段階までに軍事占領されていた場合は必ずしも不法とは言い切れない可能性が大いにあります。

ソ連軍は1945年8月28日に択捉島に上陸、9月1日には国後島・色丹島に達していましたので、ここまでは終戦前の戦闘行為であり、9月3日~5日に占領した歯舞群島のみ、明確に不法な占領だったと言えるようです。

2.当初から4島返還を求めていたのか?

この点については明確に事実ではないようです。

1951年9月8日に日本が署名したサンフランシスコ平和条約において、日本は千島列島を放棄しており、ここでいう千島列島には択捉島と国後島は含まれ、歯舞群島と色丹島は含まれないとするのが当時の政府公式見解でした。

従って当時の日本政府はソ連に2島返還を求めていました。

ところが、ソ連との平和条約締結交渉の途中で、日本政府は突如、択捉島と国後島も日本固有の領土でありサンフランシスコ講和条約で放棄した千島列島には含まれないと主張を転換することとなります。

日本国政府が方針を転換した理由には諸説ありますが、国民世論が大きかった、とも言われています。

私たち日本人は北方領土問題を議論する際、上記2点について、今までの政府の説明が必ずしも正確ではない、ということを理解しつつ、日ロ交渉を見守っていくべきでしょう。