老後資金が2千万円不足するとの金融庁レポート以降、ネット上には奇妙なくらいに「年金を増やすことが出来ます→繰り下げ受給すればいいのです」という記事が目につくようになりました。
確かに年金受給年齢を65歳から70歳に繰り下げることで、最大4割ほど受給額を増やすことが出来ますが、単純に「だからお得」とは限りません。
最もシンプルなのは早死にした場合。年金受給を70歳に繰り下げたことで5年間受け取らなかった額と、繰り下げて増える額を比較した場合、ざっくり82歳以上生きて漸く「お得」になります。女性は平均寿命まで生きればお得になるので繰り下げる価値はあるかもしれませんが、男性は丁度平均寿命くらいが損益分岐点なので、実際には半分くらいの人は折角繰り下げて受給額を増やしても、5年繰り下げて貰えなかった分を取り返す前に亡くなってしまうことになります。
またこの82歳は飽く迄も受給表面額であり、所得税や住民税を考えれば、実際の損益分岐点には84~86歳くらい(年金以外の収入がある方は更に変動)になるようですから、繰り下げてお得になる人はもっと少なくなるものと思います。
一定条件下では、そもそも繰り下げが「お得」にならないケースもあります。
最も代表的なのは「加給年金」。それって何?と思われる方もおられるかもしれませんが、ざっくり言えば年金版「家族手当」のようなものです。
夫がサラリーマンで妻が年下の専業主婦の場合、夫が65歳になって年金受給を開始しても妻が65歳になっておらず年金を受給していないので、妻の年金受給開始まで夫の年金が加算されるという制度設計になっています。
具体的には以下に該当する方が加給年金の対象です。
・厚生年金に20年以上加入
・65歳未満の配偶者(年収が将来にわたって850万円未満)がいる。または18歳になってから最初の3月31日を迎える前(障害者1級、2級の子は20歳未満)の子どもがいる
・配偶者の厚生年金の加入期間が20年未満(但し配偶者の厚生年金の加入期間が20年以上の場合も、配偶者自身が老齢厚生年金を受け取るまでは加給年金が支給される)
ところが夫が年金受給を繰り下げてしまうと、そもそもこの加給年金の対象ではなくなってしまいます。どのくらい「損」かというと、加給年金は年額39万8千円なので、妻が5歳年下なら5年間で約200万円が貰えなくなってしまいます。
最後に、非常に不確定ではありますが年金制度改革リスクです。少子高齢化で今後の年金改革では受給額が減少する方向に向かいます。従って繰り下げれば繰り下げるほど、制度改革で減らされてしまう可能性を含んでいます(繰り下げなくても同様に減額リスクがありますが、将来に行けば行くほどそのリスクが具現化する蓋然性が高くなる)。
年金を繰り下げれば一見「お得」に見えるかもしれませんが、実際には夫婦構成や年金以外の収入、年金制度設計の変更によって損得は変動する、ということです。
にも拘わらず「繰り下げればお得ですよ」と繰り下げを推奨する記事が蔓延していることに、私は違和感を覚えてなりません。勘ぐり過ぎかもしれませんが「裏で政府が繰り下げ後押し記事を支援ているのでは?」とすら思えてしまいます。