中国大陸に容疑者引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」反対を切っ掛けに、香港の若者が民意を示すべく活動しています。
私も英国から返還されて間もない香港に住んでいたことがあります。
当時の香港は、
・中国大陸に飲み込まれることをリスクと考え、資金のある層は投資移民としてオーストラリアやカナダの国籍を取得し、何かあれば「中国の香港」から脱出出来るルートを確保
・香港人は中国人ではない、というのが大半の香港人の共通認識(故に私たち外国人がうっかり香港人を「中国人」と呼ぶと不快だと感じるとのこと)
・北京語を話す=中国大陸人として、一段下に見る風潮。レストランでも北京語注文するとぞんざいな扱いで、英語で話すと丁寧な扱い
といった「中国が嫌いな香港人」を実感出来ていました。
然し今となっては、香港経済は中国大陸に組み込まれ、裕福な層は自由を求めて香港に片足のみ突っ込んで生活する中、「一国二制度」が徐々に形骸化し、50年待たずして香港の中国化が急速に進んでいます。
これに対し、香港が中国に返還されて以降に生まれた、決して裕福ではなく海外移住も難しい、普通の香港人の若者達が、「香港人」としてのアイデンティティーを確認すべく動き出した、と私は考えています。
率直に言って、経済面から言えば小さな香港は中国大陸との結びつき無くして、もはや成り立ちえないのは誰が見ても明らかです。
だからこそ、香港政府幹部も、雨傘運動以降の動きに厳しく対処してきているものと思います。
一方、ここに来て学生たちの訴える「正義」が世界を揺るがしつつあります。
他のブログにも書きましたが、世界では寧ろ「自由」「民主」の結果として格差が生まれ、徐々にカオスな状態に向かいつつある雰囲気の中、香港の学生たちの動きは西側にとって久々に感じた「自由」「民主」を求める声、だったのではないでしょうか。
中国政府は少なくとも50年は「一国二制度」を維持すると国際社会にコミットしたのですから、50年が到来するまで気長に待ってはどうか、と私は思います。中国の歴史の流れに比べれば一瞬の時間に過ぎないでしょう。
敢えて国際社会への約束を反故にしてまで香港の中国化を進めようとすればするほど、国際社会の反発を招き、中国政府にとってもマイナスであろうと思います。
香港政府も、なぜここまで頑なに条例の完全撤廃を拒んでいるのか理解に苦しみます。議会日程を考えれば、相当な確率で廃案になる、と報じられていますが、であれば素直に撤廃すればいいものを、拒否すればするほど、もう一度可決に向けて動くつもりだろう?と学生たちに疑われても仕方ありません。
世界全体とは逆に、いま「自由」「民主」へと声を上げる香港が今後どこに向かうのか、大げさではなく、これが今後の人類全体の歩みに与える影響は少なくないのではないか、と感じつつあります。
レ・ミゼラブルの劇中歌「民衆の歌(フランス語: A la volonté du peuple、英語: Do You Hear the People Sing?)」を香港の若者たちが歌っています。
この歌は、レ・ミゼラブルにて、フランス王政打倒のため1832年に蜂起したパリの市民が政府軍と衝突する場面で歌われます。
人類はこの200年近く、実は進歩していないのかもしれない。
そんなことも感じさせる香港のデモです。